2007/5/31 木曜日

陸奥新報「思い出シネマ」

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映画は、僕にとって人生の先生だ。とくに思春期に見た外国映画は憧れと指標でもあった。そのなかでも、僕が中学生だった1974年に公開された「アメリカ ン・グラフィティ」は、多大なる影響を与えた作品だ。監督のジョージ・ルーカスといえば、もちろん「スターウォーズ」だが、ぼくにとってルーカスといえば 「アメグラ」なのだ。製作は、これまた尊敬するフランシス・F・コッポラ。物語は、ベトナム戦争前のアメリカが夢いっぱいの時代。カリフォルニアの小さな 田舎町を舞台に、高校を卒業し東部の大学へ出発しようとする若者の、最後の一夜を描いた青春映画。ピカピカの大きなアメ車に彼女を乗せて街のメイン・スト リートを流す若者たち。カー・レディオからは伝説のDJ、ウルフマン・ジャックが流すロックンロールの名曲の数々。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」 「シックスティーン・キャンドルズ」「煙が目にしみる」「ジョニー・B・グッド」。それまでビートルズ命だった僕は、この映画でアメリカン・ポップス最 高!になり、初めて二枚組みのLPを買ったのも、このサントラだった。ドライブ・インに車で乗り付けて注文するとローラースケートを履いたウエイトレスが 車に運んでくるハンバーガー。不良たちが着ていた、おそろいのスタジャン。彼女が着ている男物のレタード・カーディガン。ストリート・レーサーのジョンが キャメルを白いTシャツの袖にはさんでいたのもカッコ良かったし。ロックン・ロール・バンドが歌って踊るダンス・パーティやスクーターのベスパ、お酒の ジャック・ダニエル、なにもかも出てくるものすべてが“憧れ"の映画だった。主人公の一人、秀才のカートは、Tシャツにマドラス・チェックのボタン・ダウ ンのシャツをチノ・パンから出して着るラフなスタイル。演じたリチャード・ドレイファスはこの映画の後「ジョーズ」「未知との遭遇」などスピルバーグ作品 に出演。「グッバイ・ガール」でアカデミー主演賞を受賞して名実共に演技派としての地位も確立。もう一人の主役、優等生のスティーブ。こちらもTシャツに オックスフォードのボタン・ダウン。演じたロン・ハワードは、TVで人気者になったが、監督に転向。「バック・ドラフト」「アポロ13」とヒットを飛ば し、「ビューティフル・マインド」でオスカーを獲得。今やハリウッドを代表するヒットメーカー。そして当時まだ売れない俳優どころか、二人の子供を食わせ るために大工が本業だったハリソン・フォード。その後ハン・ソロになり、インディー・ジョーンズになり、スーパースターになった。僕も、カートのように生 まれた街を離れ都会の大学に行き、高校生の時から好きだった彼女と結婚して、子供が僕がこの映画を見た年齢に成長した。そして、父にせがんでこの映画をリ バイバル上映した同じ場所で、いまだに映画を写している。もちろん、あいもかわらずTシャツにボタン・ダウンだ。

TOO LIFE「しゃべれども しゃべれども」

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人は、他人とのコミュニケーションをとるため “しゃべる"ことで自分の意思を伝え日々生活している。その言葉から喜びが生まれ、愛が生まれ、憎しみや、悲しみも生まれる。言葉を伝えるということは、 なかなか難しい。当然この“しゃべる"ということが得意な人もいれば苦手な人もいる。
映画「しゃべれども しゃべれども」は、そんな“しゃべる"のが苦手な人々が、“しゃべり"のプロ、落語家に“しゃべり"を習う物語。一言に落語といって も、今ではテレビ番組の「笑点」くらいしか思い浮かばないかもしれないが、落語は、楽しいし奥が深い。古典落語は、古いものは室町時代頃から語り続けられ ているのにもかかわらず、志ん生の「火焔太鼓」、五所川原で生まれた八代目文楽の「明烏」みたいに、同じ演目を、同じ演者がやっても飽きないどころか、ま た聞きたくなる不思議な魅力がある。僕は、父親が落語好きということもあって、子供の頃から落語に親しんできた。東京の大学に入ってからは、末広亭や上野 鈴本などの寄席にも通った。青森から一緒に出てきて、築地の魚河岸に勤めた友達に誘われ、噺家の勉強会に行き、落語を聞くだけでなく、先代の小さんに、そ ばの粋な食い方教わったり、酔っ払って普段着で高座にあがった談誌のとても書けない危ない「代書屋」を聞いたり、落語生活を満喫した。そして青森に帰って からは、なかなか生の落語に接する機会がなかったが、ひょんなことで自分の映画館で落語会をやることに、その名も「ディクト寄席」。最初に、かっこつけて 第一回なんてつけたものだから「第二回もあるよね?」と、お客さんにたずねられ、調子に乗って第二回も開催。好評の内に第三回は「しゃべれども しゃべれ ども」で主役の国分太一に落語を教えた柳家三三(やなぎや さんざ)が映画公開の前日に独演会を行う。映画と落語の融合どっちも好きな僕としてはとても楽 しみだ。
「しゃべれども しゃべれども」
情緒あふれる東京の下町を舞台に、1人の落語家のもとに集った口下手な人々の人間模様が描かれている。温かい涙がこぼれるハートウォーミングでさわやかな ストーリー。思うように腕が上がらず、悩む二つ目の落語家をTOKIOの国分太一が演じる。原作は「本の雑誌」ベストテンの一位に輝いた佐藤多佳子の同名 小説。監督は「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受けた平山秀幸。
シネマディクトで5月26日ロードショー

朝日新聞「パッチギ LOVE & PEACE」

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明治の名優、歌舞伎の五世・尾上菊五郎は、毎月25日は“怒る日"と決めて朝からあたりかまわず怒り散らしたそうだ。でも、この場合の怒るは、自分のため に怒るのではない、相手のために怒ることである。「怒る」という行為は、やり慣れていないと、結構疲れるし勇気がいる。最近、人のために怒る人、叱る人が 少なくなったような気がする。「パッチギLOVE&PEACE」の井筒和幸監督も、そんなオコリンボウの一人。とくに映画制作に関しては、とても 厳しく妥協を許さない。おっかない、怒る監督だという。近年の映画は、ビデオカメラで撮影し、その場で確認、駄目だったら、いくらでも撮りなおしができ る。時間的にも経済的にも映画製作の主流になっているがスピルバーグなど、いまだにフィルムに固執して作り続けている監督もいる。「パッチギ LOVE&PEACE」の出演者、西島秀俊は、何度もNGを出され、その度にフィルムを回して監督が納得いくまで何度も撮りなおしをした。「なか なか無い現場を体験させてもらった」と言っている。絶対に途中で妥協しない。それが怒れる男、井筒監督なのだ。厳しくも暖かい。そして、激しくも優しい、 荒ぶる魂の男が作った映画「パッチギLOVE&PEACE」の舞台は前作の68年の京都から74年の東京へ。病気の息子を救うため危険な賭けに走 る兄アンソン。自らの出自を隠して芸能界に入り様々な葛藤に悩み傷つく妹キョンジャ。前作では登場しなかった父親の若かった頃のエピソードも交えながら、 在日朝鮮人三代にわたって受け継がれてゆく“命"のドラマ。この映画で、見る人自身が差別や人種や偏見をパッチギ(「乗り越える」という意味)できるか。 ついに出来上がった熱き血潮の物語。

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